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本と映画とDVDはこれを見よ!

ほぼ1日1作品をめざしてレビュー!

ホーム > アーカイブ - 2011年11月

クルーエル・インテンションズ

パラドックスに満ちた背愛の物語。

この映画は美しい義姉弟が恋愛をゲームとして生きていく物語である。
原作はラクロの『危険な関係』。

この物語には、多くのパラドックスが込められている。
その皮肉さがまた逆転の関係を次々に喚起する。

最初は美しい義姉弟というパラドックス。
この二人のヒロイン、ヒーローは
違う出会い方をしていたら、愛する関係になっていたかもしれない。
しかし、愛し合えない義理の兄弟という関係が
二人の仲を歪めていく。
お互いの恋愛ゲームに加担することでしか、お互いをわかりあえない。
愛から遠く離れて、不毛な関係がそこに積み重なっていく。

そして、弟が恋の駆け引きを日記に綴り続けるというパラドックス。
恋をゲームとしてしか見られないが、しかし、その勝利を日記に書き綴っていく。
そこには愛への希求と、しかし、得られない渇望が蓄積していく。

最後に弟が真実の愛に目覚めたときに
運命に裏切られるという最大のパラドックスが待つ。
幸せであるこの瞬間に不幸であることが押し寄せる。
皮肉な物語は、最後に姉の破滅で終わりを告げる。

恋愛をゲームとして興じていた二人の終わりに
なぜか切なく、悲しくなるのはなぜだろう。
これは引き裂かれた魂の物語だからだ。
姉と弟が恋愛をゲームとして勝ち負けを楽しんでいたのは、
実は愛で存在を認められない自分たちに対しての
自傷行為だったからに他ならない。
これは現代社会における私たちの存在意義という問題に
リアルに通じている。

クルーエル・インテンションズクルーエル・インテンションズ
(2000/03/10)
ライアン・フィリップ、サラ・ミシェル・ゲラー 他

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スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃

異形の豊かさが、宇宙の広がりだ。

スターウォーズシリーズは、ディテールの美に支えられた映画である。
スペースシップ、宇宙空間など創り込まれた精緻さには息をのむが
ここで注目したいのは驚くほど多くの異形なる宇宙人たちだ。
その造形はグロテスから美まで幅広い広がりで表現され
群衆シーンでは圧倒的な存在感とリアリティを見せる。
そして、彼らが何の差別表現もなく、共存している様には安らぎを覚える。
地球を脱出してはじめて、宇宙空間という広大な場所で
人は差別という閉塞状況から逃れられたのかなとひねくれたりもして。

そして、そうした異形の豊かさの中で、宇宙の広がりの中で
若きジュダイの悩みが深まっていく。
自信と不安、若さへの信頼と大人への反発。
ここで描かれているのは、まさに若き悩みである。
その暗さはスペースオペラにあって
異質なものを感じる。
負のスパイラル、傲慢さの行方、愛情という狂気。
そこにベトナム戦争以降のアメリカの苦悩を見るのは僕だけだろうか。

そして、こうしたダークサイドを描くことによって
スペースオペラは第1作の荒唐無稽な“フィクションから”
内面の“物語”へ変質していく。
そこでは宇宙世界での戦いと、内面の苦悩がリンクされていく。
世界と個人をつなぐ物語。
フォースの物語が、ここからさらに深みを見せていく。

異形の豊かさという、宇宙の広がりの中で
人間は内面の戦いへと突入していく。
スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃 [DVD]スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃 [DVD]
(2002/12/06)
ユアン・マクレガー、ナタリー・ポートマン 他

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ダイ・ハード2

既存の価値をぶっ壊せ!

ダイ・ハードのブルース・ウィルスは
いつも登場シーンからうさんくさい。
かっこ悪い。ださい。
この映画でも
駐車違反の切符を切られるところから始まる。
本来正義とはうさんくさいもんだ。
力をもって何かを正すというのは
どこかに不穏当な部分がある。
カッコよさの対極にあるものである。
ブルースはいつもうさんくさく登場する。
これまでの正義の味方とは違う。
だからこそ安心する。
正義がかっこよすぎると信用がならないから。

ダイ・ハードは巻き込まれ型の映画であるが
しかし、自分から突っかかっていく
前のめりの巻き込まれ型である。
どんどんのめっていくブルース。
怪我も血もどんどん増えていく。
その原動力が奥さんを助けたい一心というのが
身近でわかりやすくていい。
世界正義のためになんて言う刑事はリアルじゃない。

ブルースは終始一貫してアナログ。
体と拳銃だけで戦う。
ハイテクVSアナログ。
大人数の悪者VSたった一人。
しかもステージは空港。
空港に着陸しようとする
すべての飛行機が捕虜。
ハイテクのテロリスト集団に
アナログのブルースが体一つで立ち向かう。
この計画性のなさがまたいい。
しつっこさと反射神経だけで戦う。
原始的な感じ。
この無骨なパワーに次第にのめり込んでいく。
2でも随分そんなのありっていう
アクションシーン連発。
この奇想天外さで押し通すのが凄い。

ダイ・ハードはあらゆる意味で
既存の価値をひっくり返し続けるポリスアクションだ。
だから、新しいダイ・ハードをまた見たくなる。

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(2007/06/16)
ブルース・ウィリス

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ゴールデンスランバー

2007年の逃走論。

逃げろ! どこまでも逃げろ!

堺雅人が総理大臣暗殺の濡れ衣を着せられて
ひたすら逃走を続けるエスケープムービー。

さまざまな人物が堺の逃走を助けていく。
そして逃げ続ける堺。
追う警察。
しかし逃走映画でありながら
捕まることへの恐怖は希薄だ。
奇妙なふわふわ感。
地上5ミリの浮遊感と呼びたい。
今という時代のつかみどころのなさが
そこには表現され
伊坂 幸太郎氏の原作の雰囲気を
上質に醸している。

伊坂氏の小説にも通じることだが
あるかなきかの抒情が持ち味だ。
情緒的になることを恐れる気分。
笑い飛ばしたい思い。
情を信じられない感覚。
しかし、ごく狭い身近な関係だけには
かすかな情が表現される。
ここにも今の感じが出ている。

そして。
浅田彰から遠く離れて
対抗する巨大悪や組織などの存在は薄れて
ただただ逃げ続ける。
それが現代という時代の感覚なのだ。
まさに2007年の逃走論がここにある。

逃げた先でどっこい人は生きていく。



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(2010/08/06)
堺雅人、竹内結子 他

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ワイルド・スピードMAX

挑戦しようぜ!

世の中劇的に変わる時代は終わったけれど。
日々繰り返しの毎日では先がない。自分がない。明日がない。
挑戦しようぜ!
そんな気にさせるカーアクションムービーだ。

主人公は卓越したハンドルさばきで
窃盗を行うチームのリーダー。
鍛え抜かれた体が
折れないハートを体現している。
チームは解散したが
仲間の女性が殺され
主人公はその秘密に迫る。

そこにワイルド派の刑事が
次第に意気投合していき
二人で女性を殺した密輸集団に挑む。
随所で展開する
カーアクションが見たことない感じで凄い。

ワイルドであれ!
とばかりに体を張ったカーアクションがホットだ。
新世代カーアクションはここから生まれていく。

スピードであれ!
無駄のないスリリングな展開。
これはカーアクションも、ファイトアクションも、
スト―リー展開もそう。
キレキレのスピードで進んでいく。
このグルーブ感は快感だ。

クールであれ!
主人公の自分の思いを曲げない
しかし、熱くならない生き方は
現代的なマッチョのスタイルを体現している。

あらゆる点で
今までのカーアクション映画を
革新した『ワイルド・スピードMAX』。
次はさらに凄いことになりそうだぜ。


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ヴィン・ディーゼル、ポール・ウォーカー 他

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デパートを発明した夫婦

欲望は教育される。

きっかけは素朴な疑問だった。
「デパートはいつ誕生したのか?」
その解答がこの本だ。

1852年、アリスティッド・ブシコーはフランスで「ボン・マルシェ」という
世界初のデパートを誕生させた。
日本は黒船来航の前年だ。

パリにウインドーショッピングが広がってきた時代。
ブシコーは「ボン・マルシェ」の共同経営者となる。
そこに誕生したのは「欲望喚起装置」としてのデパートの発明だった。
薄利多売、バーゲンセールの発明、大売り出しの発明。
中でも白の博覧会と呼ぶべきテーマセールは
俗にいうニッパチの閑散期を埋める独創的なアイデアだった。
デパート中が白のアイテムで埋め尽くされたという。
今のデパートが行っている祭事やビジネスモデルのほとんどが
そこに生まれていることに驚く。
ブシコーは壮大な新館を建設し
スペクタクルとしてのデパートを完成する。
何かを買わなくても訪れたくなる
豪華絢爛たる場所にデパートはなっていった。

さらにブシコーは「教育装置」としてのデパートを発明する。
ライフスタイルを提案する中で商品を売っていく。
フランスで一般的な「ヴァカンス」も
上流階級のそのライフスタイルを
中産階級にまで広げたのが
「ボン・マルシェ」だったのだ。
さらにキリスト教の手帳である「アジャンダ」を模して
ボン・マルシェ「アジャンダ」を生み出し
そこに年間の催事を掲載していく。
人々の欲望は教育によって、喚起されていく。

さらに「従業員の教育装置」としてのデパートを発明する。
従業員の地位を高め、ふるまいを優雅にし
ホワイトカラー化、ブルジョア化していく。
これはデパートのポジションを高め
情報発信装置としてのデパートの価値を高めていく。
さらに従業員自らが新たなライフスタイルの伝道者となっていく。

現在、デパートのPR販促広告活動で行われているほとんどが
この段階で発明されていることに驚く。

そして、ブシコーは「ボン・マルシェ」というデパートを通じて
モノにあふれたデパートのような日常への欲望を社会全般に蔓延させていく。
モノにあふれ、モノを求め、モノを幸せの価値基準とする物語は
「ボン・マルシェ」から世界中に広がっていった。

そして、2011年。
日本のデパートはかつての輝きを失っている。
新たなデパートの発明が求められている。
その形は郊外化・大型化が進む
ショッピングモールが担い始めているのかもしれない。
そのキーワードはデパートが担ってきた優美で美しい大きな物語から
週末のショッピングにまつわる小さな物語への転換なのだと思う。
その象徴が、有楽町西武からルミネへの変遷かもしれない。

しかし。かつてのデパートがつくりだしてきた
伝統的なスノッブでブルジョアでリッチな物語の
行く末もより高度な形であるのではと思う。


デパートを発明した夫婦 (講談社現代新書)デパートを発明した夫婦 (講談社現代新書)
(1991/11/18)
鹿島 茂

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[ 2011/11/17 11:04 ] | TB(0) | CM(0)

ステキな金縛り

見える? 見えない?

幽霊が法廷で証人席に立つという
三谷監督の法廷ファンタジー。
ダメ弁護士の深津絵里が
殺人事件の証人として連れてきたのは
西田敏行演じる落ち武者の幽霊。
深津には西田が見えたのだった。
この設定からして笑えることは必至。
敵役である小日向文世演じる天国の公証人が登場すると
映画はグッとファンタジー色を強める。
西田&深津VS小日向。
小日向はニヒルな怪演が光る。
法廷で人間でない者同士が論戦を張る。
しかも、それが自然に感じている。
もう三谷マジックにやられている。

三谷の映画の登場人物は
典型から造形へ変化する。
ダメ弁護士の深津もそう。
落ち武者の西田もそう。
ダンディな深津の上司の阿部もそう。
こういう人ならこういう感じという
誰もが思う典型をまず設定する。
典型だから、誰にもスッと入ってくる。
そして、そこに独特の個性を付け加えていくことで
典型が魅力的な人物に造形されている辺りは
お見事としか言えない。

この映画の本質は、愛だと思う。
幽霊を見える人と見えない人がいる。
映画では3つの条件を上げていたが
個人的には生前のその人や動物への愛の深さが
見えたり、見えなかったりさせていると思う。
愛情は自分には見える。強く感じられる。
しかし、他人にはもちろん見えない。
場合によっては相手でも見えなくなったりする。
こうした愛情の滑稽さが
このコメディのキモであるように感じる。
だから、この映画では
人が幽霊や幽霊動物と会話したり、ふれあったりするシーンでは
必ず他人の目から見た一人で話していたり、
一人で奇妙な動きをしているシーンが後を追いかける。
つまりは、自分には愛情は見えてるけど、他人には見えない
という場面をていねいに描く。
ここで笑いが起きるのだけれど
笑いながら、切なくなってくるのは
笑っているのは、自分の愛は、他人には見えない
理解されにくいという
その切なさのせいなのだ。

一番笑ったのが
敵役の検察官である中井貴一が
あの世に逝った愛犬と寝転がりながらふれあうシーン。
当然、一人で「よ~しよしよし」なんて言っているシーンが
すぐさまインサートされる。
ここで大爆笑なのだが
しかし、その亡くなった者への愛情に対して
胸が熱くなってくる。

愛情は他人には滑稽であるということだろうか。
しかし、滑稽だからこそ、切なく
見る者の胸を熱くする。

そして、また。
見えていた亡くなった者たちが見えなくなる
ということはハッピーになっていっているという証であるが
亡き者への愛情という呪縛から解け
今という人生を生きるということだが
それはまたそれで切なくなる。

笑いと涙が交錯する
三谷のホラー&ファンタジー&法廷&コメディ&ヒューマンシネマ。

見える? 見えない?
あなたの大切な愛情は?

【映画パンフレット】 『ステキな金縛り』 監督:三谷幸喜.出演:深津絵里.西田敏行.阿部寛.竹内結子.浅野忠信【映画パンフレット】 『ステキな金縛り』 監督:三谷幸喜.出演:深津絵里.西田敏行.阿部寛.竹内結子.浅野忠信
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卵の緒

欠損する家族たちを癒す物語。

アダムとイブの子孫たちへ。
すべての子は遺伝学上の母と父を持つ。
たとえ今はただひとりで生きていても、
人は母と父から生まれてきた。
このことは疑いようがない事実だ。

だからこそ、そうであるからこそ。
PCを使い込むと
次第にファイルがハードディスクのあちこちに書き込まれ、
速度が遅くなるように。
家族も現代社会の中で断片化していく。
70億人という人類史上最大の“種と”しての繁栄の中で
離婚が増えている。
結婚という形にとらわれない男女も増えている。
現代家族はその役割を解体され、断片化しようとしている。
今こそ、その家族を再構成する時期なのである。

この小説集はいずれも血縁関係がない家族が寄り添い、
新しい家族として生まれ変わろうとするエピソードが編まれている。

血縁から知縁へ。
知り合った者同士が新たな家族を築こうとする。
戸惑いながらも、そこに少しずつ関係が創出される。
これは優しさに満ちた、静かな再生の物語なのだ。

血縁のない母が「へその緒」だと言って
息子に示した「卵の殻」。
その「卵の緒」が愛おしい。
今という時代をともに生きる、
新しい家族の象徴なのだから。

卵の緒卵の緒
(2002/11)
瀬尾 まいこ

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[ 2011/11/02 10:07 ] | TB(0) | CM(0)
プロフィール

ミツ

Author:ミツ
神奈川県在住の
フリーランスコピーライター。
本と映画を中心に
1日1レビューをめざします。
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