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歴史を考えるヒント

ことばの意味を掘り起こすと
本当の日本史が見えてきた。



○日本という国名はいつ決まったか?

時の権力が綴った歴史ではなく
庶民たちが育んできた
日本の歴史を探る網野史学。

ことばにフォーカスして
日本史を掘り起こしたのが
この一冊です。

最初は日本という国名の由来から。

多くの学者が認めるところでは
浄御原令(きよみはらりょう)という
法令が施行された六八九年だと言います。

つまり、それ以前は
日本国は存在しなかったのです。

この日本という国名は
当時のヤマトの支配層が、
中国大陸の隋・唐の律令を受け入れて
本格的な国を造り上げることに全力を注ぎ
中国大陸の帝国を意識して定めた国名であると
網野は説きます。

旧石器時代には日本人はいなかったのです。
そうなのですね。

日本国の前は
「倭の国」だったのですから。


○島国でない日本。

このことからも明らかなように
日本は大陸との関係で発展してきた国です。

世界地図をひっくり返して見てごらんなさいと
網野は言います。

すると、日本海はほとんど湖同然の内海です。

対馬と朝鮮半島の間は非常に狭く
サハリンと大陸の間も凍結したら歩いて渡れる狭さだと
指摘します。

これを断ち切って、現在の領土の範囲で
「島国」であると意識したのは
日本の近代国家なのです。

つまり、長い歴史の中で
大陸とのつながりが密な国であった日本は
明治政府によって
「島国」であると意識を変えられ
現代の我々も
「島国」の認識が強くなっているのです。


○百姓は農民ではない?!

これは網野の有名な言質ですが
百姓は百の姓であり
以前は「普通の人」を
表わす言葉だったそうです。
中世ではそれは明らかだと言います。
農業以外の多彩な職業が
生き生きとしていた時代です。
その後、次第に百姓は
農民を指す言葉として
誤解するようになるのは
江戸時代なのです。

さらに明治時代になると
「農本主義」の思想から
百姓は農民と捉えてしまうのです。

七世紀末に誕生した「日本国」は
「農本主義」を基調にしていました。
この伝統が途中「重商主義」の時代がありながら
「農本主義」が強くなり
その結果、「百姓」=「農民」となったのだそうです。

日本という国は
元来、島国でもなく
農業以外の多彩な職業も豊かだった
国だったのですね。


○弥生文化と縄文文化。

印象的だったのが
おおよそ列島東部は縄文文化
西部が弥生文化という時代が
二百年ほど続いたという話です。

つまりは関東と関西に
それぞれ縄文文化と弥生文化の根っこがあり
いろいろな文化的な違いを
そこに求めることもできると考えられます。


○聖なる金融から、俗なる金融へ。

「金融」ということばは明治以降ですが
物を貸して利息をとる行為としての金融は
古代の「出挙」(すいこ)まで遡ります。
これは神との聖なる金融であり
これが世俗的な金融になったのは
室町時代以降なのです。


○明治時代の翻訳語の問題。

ことばの問題で大きいのは
明治時代の翻訳語だと
網野は指摘します。
西洋文化を受け入れ
西洋化を果たそうとする日本。
そこには明治の先人たちが
ヨーロッパの書物を翻訳し
その概念を日本に持ち込もうとする
動きがありました。
そこで翻訳語が数々誕生し
それ以前の日本が培ってきた
ことばの概念が
断ち切れてしまった部分もあるのです。
だから、古来より続く日本のことばや
そこに込められた思想が
今に続いていない部分もあるのです。

日本史とはそうした古の思想や
人々の暮らしに分け入り
日本人とは何かを探す旅に他なりません。


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(2012/08/27)
網野 善彦

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[ 2013/01/25 14:51 ] | TB(0) | CM(0)
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Author:ミツ
神奈川県在住の
フリーランスコピーライター。
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